スイス時計業界はブラックボックスが多い。その最たるものがロレックスだ。法人格は財団法人なので非上場であり業績の公開義務はない。
同様に、パテック・フィリップ、オーデマ ピゲも非上場のためわからない事が多い。
オーデマ ピゲの正式名称は「Audemars Piguet Holding S.A.」。持ち株会社かつ非上場の一族経営だ。「S.A.」フランス語で「société anonyme」。株式会社、有限会社を意味する。パテック・フィリップの正式名称は「Patek Philippe S.A.」持ち株会社ではないがオーデマ ピゲ同様「S.A.」だ。
オーデマ ピゲとはいかなるブランドなのか?
オーデマ ピゲが現在の名声を得たのは言うまでもなく、ジェラルド・ジェンタがデザインしたロイヤルオークの功績だ。
ジェラルド・ジェンタがどのくらいの期間でロイヤルオークのデザインを完成させたかは不明だが、1972年にロイヤルオークは発売された。※一説にはロイヤルオークの大体のデザインはたった一日でデザインされたと言われている。
その後ジェラルド・ジェンタはロイヤルオークと双璧をなすノーチラスをデザインしパテック・フィリップはノーチラスを1976年の発売した。
パテック・フィリップにはノーチラス以外にも秀でた時計は様々にあるが、オーデマ ピゲは様相が異なる。
あのタイミングでジェラルド・ジェンタを起用していなければロイヤルオークは存在しなかった、もしくはパテック・フィリップに起用されたジェラルド・ジェンタはロイヤルオークをデザインしパテック・フィリップから発売されていた可能性すら十分にある。
オーデマ ピゲを一言であらわすなら、ジェラルド・ジェンタの才能をいち早く起用したブランドと言える。言い方を変えればジェラルド・ジェンタがいなければ現在のロイヤルオークは存在しない。
またオーデマ ピゲがジェラルド・ジェンタの才能を見抜き確信を持って起用したかといえば、その点にも疑問が残る。もしジェラルド・ジェンタの才能にいち早く気づき起用したのであれば、ロイヤルオークをデザインで関係が終了するはずものなく、そのジェラルド・ジェンタはオーデマ ピゲに元でデザインを続けていたであろう可能性が高いからだ。
たった1本の時計をデザインしその関係を終了させ、その後、世界三大時計ブランドの筆頭であるパテック・フィリップで傑作を誕生させるという経営上の大失態はしなかったであろう。
2020年以降のラグジュアリースポーツ時計の熱狂的かつ、異常な需要とプレミアム価格は、ジェラルド・ジェンタというたった一人の天才が生み出した。